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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)60号 判決

東京都港区芝5丁目33番1号

原告

森永製菓株式会社

同代表者代表取締役

松﨑昭雄

同訴訟代理人弁理士

松田治躬

アメリカ合衆国 96813 ハワイ州 ホノルル フォート・ストリート 827

被告

シー・ブリューワー・アンド・カンパニーリミテッド

同代表者

ジェイ アラン クーグル

同訴訟代理人弁護士

木下洋平

主文

1  特許庁が平成4年審判第1778号事件について平成6年12月27日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文1、2項同旨の判決

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙目録に表示するとおり、「ROYAL」の欧文字と「ローヤル」の片仮名文字を上下二段に併記してなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正10年農商務省令36号)15条の規定による商品類別第44類「茶、コーヒー、『ココア』及びコーヒー入角砂糖の類並にその模造品」とする商標登録第478769号(昭和30年6月16日登録出願、昭和31年3月31日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者であるが、被告は、平成4年2月6日本件商標の指定商品中「茶、コーヒー、『ココア』」について本件商標の登録取消審判を請求し、同年3月16日その予告登録がされ、平成4年審判第1778号事件として審理された結果、平成6年12月27日「登録第478769号商標の指定商品中「茶、コーヒー、『ココァ』」についてはその登録は、取り消す。審判費用は、被請求人の負担とする。」旨の審決があり、その謄本は平成7年2月8日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本件商標の構成、指定商品、出願日、登録日等は、前項記載のとおりである。

(2)  請求人(被告)は、本件商標の指定商品中「茶、コーヒー、『ココア』」についての登録の取消しを求め、その理由として、次のとおり述べた。

イ.本件商標は、その指定商品「茶、コーヒー、『ココア』」について、継続して三年以上、日本国内において、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれも使用した事実が存しないから、商標法50条1項の規定により前記指定商品について取り消されるべきである。

ロ.被請求人(原告)は、使用を証明するものとしてカタログを提出しているが、その制作年月日は、昭和63年7月であり、本件取消審判請求の登録前3年以内におけるものでないことは明白である。また、このようなカタログは、取引書類の一種であるから、「頒布」の事実を証明する必要があるのに、そのような事実について何らの立証もない。

さらに、このカタログの作成名義人は「森永商事株式会社」であって、被請求人ではない。

なお、被請求人は、本件商標と同一と認められる範囲の商標を「ココア」のみならず、「ココアバター」についても現在使用中であるというが、被請求人提出の証拠方法によっては、「ココアバター」に使用している事実は認められない。

ハ.請求人は、「ROYAL KONA」という商標について商標登録出願をした(平成2年商標登録願第47241号)ところ、本件商標を引用して、商標法4条1項11号に該当する旨の拒絶理由通知を受けているものであるから、本件審判請求に関し利害関係を有するものである。

(3)  被請求人は、本件審判請求の却下を求め、その理由として、次のとおり述べ、証拠方法として、乙第1、第2号証(審判手続における書証番号)を提出した。

イ.商標法50条1項の審判請求に対しては、請求人に利害関係が存することが必要であるが、請求人は、これにつき何らの主張、立証も行っていない。

ロ.商標権者は、本件商標と同一と認められ得る範囲の商標を商品「ココア」及び「ココアバター」にっき、乙第2号証に示す如く現在も使用中である。

なお、乙第2号証の作成年月日は、4年前となっているが、業務用であり、金額も明示していないことにより、現在も使用中のものである。この点に関しては請求人の応答により補充する。

(4)  よって、まず、請求人が本件審判請求をするにつき利害関係の有無について争いがあるので、この点について判断するに、請求人が本件審判請求をするについて利害関係を有すると主張する根拠としている商標登録出願(平成2年商標登録願第47241号)は、本件商標が引用された拒絶理由通知がなされ、現在、審査に係属中であることが職権により調査したところ判明した。してみれば、請求人は、本件審判請求について利害関係を有するものである。

そこで、本案に入って判断するに、被請求人が本件商標の使用の事実を証明するために提出した乙第2号証の商品カタログによれば、本件商標と社会通念上同一と認められる商標が商品「ココア」に使用されている事実は認められる。しかしながら、該カタログは、昭和63年7月の制作に係るものであるから、本件商標が、本件審1判請求の予告登録(平成4年3月16日)前3年以内に使用されていたことを立証する証拠とはなし得ないものであり、他にこれを認めるに足る証拠は、提出されていない。

また、被請求人は、「ココアバター」についても、乙第2号証に示す如く使用中である旨述べているが、「ココアバター」(ココアバターが本件商標の指定商品に含まれているか否かはさておいて)について使用している事実は見出し得ない。

そして、被請求人は、以上の点について、請求人の応答により補充する旨述べているが、この点を主張する請求人の弁駁に対して、何ら答弁、立証するところがない。

してみれば、被請求人は、その提出に係る乙号各証によっては、本件審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、本件商標をその請求に係る商品について使用していたことを証明したものとはいえない。

また、被請求人は、不使用についての正当な理由があることも明らかにしていない。

したがって、本件商標の登録は、商標法50条の規定により、指定商品中の請求人の請求に係る商品について、その登録を取り消すべきものとする。

3  審決の取消事由

原告は、本件審判請求の予告登録の日である平成4年3月16日以前3年以内に、日本国内において、以下のとおり、本件商標を本件審判請求の対象である指定商品について使用していたから、審決は、違法として取り消されるべきである。

(1)  原告は、平成4年3月16日以前3年以内に、日本国内において、社会通念上本件商標と同一と認められる範囲内の標章を、商品「ココア」の包装箱に付して、これを販売した。

この「ココア」の包装箱には、上段の横長方形内に、原告の商号の略称である「森永」の文字が白抜きで表され、中段の横長方形輪郭線内に、本件商標と称呼が同一の「ローヤル」の片仮名文字が表され、下段の横長方形内に、商品「ココア」の片仮名文字が白抜きで表されている。

原告は、この包装箱に入った商品「ココア」を、平成3年11月27日、平成4年1月9日、同年2月3日取引先に販売した。この包装箱に貼着して使用する「シール」は、品名を「森永ローヤルココア」とし、内容量、製造年月日を記し、製造者を「森永製菓株式会社」とするものであるが、原告は、これを平成3年10月1日以前から現在まで福島印刷工業株式会社から継続して納入を受けている。

なお、上記包装箱に表示された商標は、「ローヤル」の片仮名文字のみである。商標法制定当時は、商標の使用形態を決定後出願し権利化を図ることを原則として同一性を考慮していたようであるが、しかしながら、文字商標に関しては、商品の包装箱の表示面に記載される他の文字、模様とのバランスにより適宜書体が異なってしまうのが通常であって、先願主義のため活字体で急ぎ出願するが、登録商標のまま使用することの少ないのが現実である。もとより、文字は、読むための記号であるから、登録商標の文字を余程デザイン化したとしても、取引者、需要者に伝達する指標力の変化は少なく、このため、特許庁、裁判所においても、「同一字形」内の変化については、外観に拘泥せず同一と認められる範囲と認定し、運用してきた。つまり、文字の外観は、余程の特色を有したもの以外は同等であり、特に「表音文字」である「片仮名」「平仮名」「欧文字」の範囲は、余程特異な変更と受け取られない限り、称呼及び観念は同一のままで、識別性に影響を与えることがないと理解、認識されるものである。

本件商標「ROYAL/ローヤル」の欧文字部分は、称呼を振り仮名で特定しており、片仮名部分から生ずる意味合いも欧文字と同一であるため、包装箱に使用された片仮名「ローヤル」は、本件商標と殆ど同一の識別力を有する、明らかに同一ある商標といい得る範囲の使用である。

原告が、このように「ローヤル」の片仮名文字を、商品「ココア」の包装箱に付して、これを販売した行為は、商標法2条3項1号(平成3年法律第65号による改正前の規定、以下同じ)に該当する。

(2)  原告は、平成4年3月16日以前3年以内に、日本国内において、社会通念上本件商標と同一と認められる範囲内の標章を付した、上記商品「ココア」の包装箱の実物見本を・カタ・グに掲載し、これを取引先に配付した。

このカタログには、上記商品「ココア」の包装箱が印刷され、その右の製品名の欄に「ローヤルココア」と記され、特徴の欄に「良質のカカオ豆からつくった飲料用・製菓材料用のハイファットのココアパウダーです。」と記載してある。

このカタログの制作、頒布者は、「森永商事株式会社」であるけれども、この会社は、製造部門を持たない、原告の販売部門を担当する原告の連結子会社であり、これらカタログに表示された「森永」はもちろん、商品「ココア」の包装箱に表示された「森永」は、明らかに原告を指すものである。

この「森永」の文字は、該商品においては原告を表示したものであるが、一般的にも、原告を中核とする「森永グループ」の略称として、商品「菓子、飲料」に関し日本国内では周知、著名であることは明らかである。

この「カタログ」においても、表紙最上段に「森永業務用食品」、同最下段に「MORINAGA」、2頁右上に「厳選したカカオ豆を、森永独自の技術(アロマックス製法)で加工したココアです。」、3頁右上に「日本で最初にカカオ豆からの一貫製造を開始した森永。」、最終頁右上に「森永なら、アイディアを、おいしさを、一層きわだたせます。」等の記載がされているが、この記載における「森永」の表示は、殆ど原告をイメージしたものとなっている。

なお、包装箱の右の製品名の欄に記載された「ローヤルココア」の表示は、連結子会社として、主に、原告の製品を販売するため、本件商標について黙示の通常使用権を有する森永商事株式会社が、広告宣伝用カタログに本件商標を使用したというべきものである。

原告が証拠として提出した力タログは、確かに昭和63年7月に制作されたもので、本件審判請求の予告登録(平成4年3月16日)の3年前「平成元年3月17日」の約9か月前に印刷されたものであるが、原告は、以後これを継続して、現在まで使用している。

原告が、このように社会通念上本件商標と同一と認められる範囲内の標章を付した、商品「ココア」の包装箱の実物見本を、カタログに掲載し、これを取引先に配付した行為は、商標法2条3項3号に該当する。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1、2項の事実は認める。

2  同3項の審決の取消事由は争う。

(1)  被告は、平成4年2月6日特許庁に本件審判請求をし、原告は、同年6月29日付けで答弁書を提出し、被告は、同年11月4日付けで弁駁書を提出したところ、原告は、これに対して何ら応答することなく、2年余り経過した平成6年12月27日被告の請求を認める審決がなされた。

原告が特許庁に提出した本件商標の使用証拠は、昭和63年7月制作のカタログであるが、これは、本件審判請求の予告登録の日である平成4年3月16日前3年以内に本件商標が使用されていたことの証拠とはなし得ず、他に、これを認めるに足る証拠は提出されていない。原告は、「これらの点に関しては、被告の応答により補充する。」旨述べたが、この点を主張する被告の弁駁に対して、何ら答弁、立証するところがなかった。

本件訴訟は、特許庁の審決に、事実認定と法の適用を誤った違法があるとして提起されたものである。

してみれば、本件訴訟において、特許庁に提出しなかった新たな主張、立証をすることは許されないと解すべきである。もし、これが許されるとするならば、商標の不使用取消審判手続が、特許庁ではなく、事実上、東京高等裁判所において行われることとなり、そのようなことは、我が国の法制上許されないことである。

(2)  原告が、本件商標を使用したとして主張する事実は、不知である。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する。

理由

第1

1  請求の原因1項(特許庁における手続の経緯)、同2項(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、同3項(審決の取消事由)について検討する。

(1)  成立に争いのない甲第3号証の3、同第4号証、弁論の全趣旨により成立の認められる同第5号証の1ないし3、同第7号証、証人石田辰巳の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

イ.原告は、原告が製造する飲料用ココア、チョコレート製菓材料の原料である商品「ローヤルココア」を、平成3年11月26日株式会社ランテックに対し、平成4年1月9日株式会社タチバナ商店に対し、同年2月3日株式会社ロカ商事に対し、販売した。

ロ.この商品「ローヤルココア」の包装箱には、上段の横長方形内に、「森永」の文字が白抜きで表され、中段の横長方形輪郭線内に、「ローヤル」の片仮名文字が表され、下段の横長方形内に、「ココア」の片仮名文字が白抜きで表されている。

また、この包装箱には、「シール」が貼着され、シールには、品名「森永ローヤルココア」、ココァバター含有量「ココアバター 22~24%」、内容量「2kg」、製造年月日「(空欄)」、製造者「森永製菓株式会社」と記されており、原告は、この「シール」を平成3年10月1日以前から現在まで福島印刷工業株式会社から継続して納入を受けている。

(2)  また、前掲各証拠及び証人石田辰巳の証言により成立の認められる甲第9号証及び同証人の証言によれば、以下の事実を認めることができる。

イ.森永商事株式会社は、昭和63年7月前記商品「ローヤルココア」を含む原告製造の商品の実物見本を掲載した「ココア・チョコレート・製菓材料のご案内」と題するカタログを作成した。

ロ.森永商事株式会社は、上記カタログ作成後、その一部を本社に留保したほか、大部分を各支店に配付し、各支店はこれを第1次卸店に、第1次卸店はさらに第2次卸店に配付し、第2次卸店では、担当者がこれを使用して製菓業者等の取引先に商品の説明をして販売活動を行っていた。森永商事株式会社は、平成4年7月に同趣旨の新たなカタログを作成したが、それまでは、上記昭和63年7月作成のカタログが使用されていた。このようなカタログは、1回に3000部ないし5000部制作されるもので、新製品の開発販売のとき、商品の開発のとき、あるいは、カタログ自体の在庫が無くなったときに、次のカタログが作成されるものである。

ハ.森永商事株式会社は、原告が100%出資し、主として原告製造の商品の開発及び販売活動を行う会社である。

(3)  ところで、原告の商品「ローヤルココア」の包装箱に付された標章は、前示(1)認定のように、「ローヤル」の片仮名文字のみであって、本件商標が「ROYAL」の欧文字と「ローヤル」の片仮名文字とを上下二段に併記してなるのとは相違している。しかしながら、本件商標からは「ローヤル」の称呼が生じ、その意味するところは「ローヤル」も「ROYAL」も、「王者の、高貴な、素晴らしい」といった意味で共通しているといえるから、包装箱に付されて実際に使用されている標章と本件商標とは、称呼、観念において同一であり、かつ、その外観も極めて類似していると認められるから、前記原告の商品「ローヤルココア」の取引者、需要者は、包装箱に付された標章をもって本件商標が使用されていると認識するものと認められる。

したがって、原告は、前記商品「ローヤルココア」に本件商標を付して使用したというべきである。

(4)  また、前記「ココア・チョコレート・製菓材料のご案内」と題するカタログは、森永商事株式会社の作成によるものではあるけれども、森永商事株式会社は、原告が100%出資し、主として原告の製造する商品の開発及び販売活動を行う会社であり、同社が原告の商品の実物見本を掲載したカタログを作成し、これを第1次卸売店、第2次卸売店に配付し、原告の商品の取引先に原告の商品を販売するためにこれを使用しているというのであるから、このような事情のもとでは、原告は、少なくとも森永商事株式会社に対し原告の上記「ローヤルココア」の販売について本件商標を使用することを許諾したものとみるべきであり、同訴外会社において通常使用権に基づき原告が製造する上記「ローヤルココア」の商品の掲載されたカタログを作成し、これを配付していると認められる。

(5)  なお、被告は、特許庁での商標不使用取消審判手続において提出しなかった新たな主張、立証を、本件審判請求において提出することは許されない旨主張する。

しかしながら、商標登録の不使用取消審判で審理の対象となるのは、その審判請求の予告登録前3年以内において登録商標を使用していたか否かという事実であって、その審決取消訴訟においては、右事実の立証は、民事訴訟法に基づき、事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるものと解され、商標法50条2項において、使用の事実は「被請求人」が証明すべきであると規定しているのは、使用の事実の挙証責任の一端を商標権者に負わせることを規定したにすぎないと解される。

したがって、上記被告の主張は採用することができない。

(6)  以上により、原告は、本件審判請求の予告登録の日である平成4年3月16日前3年以内に、日本国内において、本件商標に係る指定商品のうち「ココア」について「商品の包装に標章を付する行為」をしたものということができ、この行為は商標法2条3項1号に該当し、かつ、本件商標の通常使用権である森永商事株式会社は「商品に関する広告に標章を付して頒布する行為」をしたものということができ、この行為は同項3号に該当するということができる。

(7)  そうすると、本件商標の登録は、その指定商品「茶、コーヒー・『ココア』」について、商標法50条1項の規定により取り消すべきであるとした審決の判断は誤りであって、違法として取り消すべきである。

第2  よって、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙目録

〈省略〉

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